野村紘一さんが導入した億ションの歴史とは?

1億円を超える販売価格の分譲マンションのことを億ションと呼びますが、億ションを作った人は誰なのかご存知でしょうか。広義の上では1960年代頃には1戸の販売価格が1億円以上の物件は実在していたそうですが、数が限られていたことや認知度自体も非常に低く取り上げられることがなかった、むしろ価格だけが高額なものなどのイメージで登場したのが始まりです。株式会社アルテカの代表でもある野村紘一氏が億ションの火付け役として知られているのですが、こうしたネーミングが付けられたのは1980年代に当時人気を集めていた芸能人が1億円を超えるマンション購入を行い、億ションのネーミングが知られるようになった、このような歴史があるのです。
野村紘一さんが最初に登場させたのは、1976年8月に完成した物件でした。東京渋谷区と言う人気エリアに高付加価値を設けた形で販売をスタートさせたのが始まり、現在も日本初とも言われている億ションは健在です。ちなみに、一般的なマンション、1億円以下の物件は万ションなどと称するようで、1億円の金額を超えるか否かで呼び方も変わるなどの特徴があります。また、価格が1億円を超える高額物件などの特徴だけでなく、建物仕様自体が超高級になっている利便性や閑静な住環境などの諸条件を要件に持ちます。
野村紘一さんが最初に導入したものも、部屋の中で導入が行われる設備のグレードが高いこと、当時のマンションにはない、ハイグレード仕様の設備を導入しています。さらに、JR山手線の原宿駅東京メトロ副都心線北参道駅から徒歩約8.分の利便性を備えていること、そしてマンションがある場所は原宿の人気スポットから近い閑静な購入住宅地にあるなど、現代の億ションに求められる要件を満たしていると言っても過言ではありません。現代では超高級マンションは当たり前のように続々と登場していますが、当時にはなかった内廊下仕様などのグレードを持つ物件は不動産業界の新しい風を送り込んだのではないでしょうか。